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終了したイベント

2/27「母子手帳フォーラム~No One Left Behind~」報告(1)

2017年2月27日、国際母子手帳委員会との共催イベント
「母子手帳フォーラム~No One Left Behind~」
(後援:社会福祉法人恩賜財団母子愛育会 愛育研究所)を開催しました。

■イベント概要
日時:2017年2月27日(月)14:00~17:00
場所:恩賜財団母子愛育会4階研修室(東京都港区南麻布5丁目6番8号)
主催:国際母子手帳委員会、特定非営利活動法人HANDS
後援:社会福祉法人 恩賜財団母子愛育会 愛育研究所

プログラム:(司会:板東あけみ)

  • 基調講演「だれひとり取り残さない母子手帳」 中村安秀(大阪大学・NPO法人HANDS・国際母子手帳委員会)
  • 報告「アフリカ ケニアの電子母子手帳」 杉下智彦(東京女子医大)
  • 「日本のデジタル母子手帳導入事例」丸山安曇(株式会社NTTドコモ/株式会社博報堂DYメディアパートナーズ)
  • 「リトルベビーハンドブックの紹介」中野玲二(静岡県立こども病院)、小林さとみ(ポコアポコ)
  • 「親子健康手帳に寄せる小牧市の思い」岡本弥生(愛知県小牧市保健センター)
  • 「胎児期以上成人期未満の記録 ~親子健康手帳誕生から活用まで~」宮城雅也(沖縄県小児保健協会、沖縄県立南部医療センター・こども医療センター)

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●巷野悟朗先生を忍んで
日本の母子手帳を作った大先輩、巷野悟朗(こうのごろう)先生が2月に95歳でお亡くなりになりました。
中村安秀HANDS代表(国際母子手帳委員会委員長)とは、都立府中病院勤務時の院長という間柄で、
2015年の2月には中村代表が企画し、巷野先生に母子手帳誕生時について2時間たっぷりお話をお聞きした思い出もあります。
そこで冒頭に巷野先生を偲び、昨年6月にNHKで放送された母子手帳の特集での先生のインタビュー映像を流しました。

「昭和23年に最初にできた当時の母子手帳は20ページのうち6ページくらいは配給の手帳。
 当時、妊娠中のお母さん、授乳中のお母さんには砂糖とミルクと、脱脂綿、
 これが貴重な配給品だったのですが、それを特別に配給していた。
 だからこれは配給手帳にもなっていたのです。そのように、貧しい時代に作った
 母子手帳だからこそ、途上国の人々から共感を呼んで繋がっていくんだろうなと
 巷野先生のお話を聞きながら非常に感じたところでした。」(中村代表)

●基調講演「だれひとり取り残さない母子手帳」 中村安秀(大阪大学・NPO法人HANDS・国際母子手帳委員会)
2016年11月に開催した第10回母子手帳国際会議の成果を受けて
今後私たちが何をしていかなくてはならないか、フォーラム全体の
イントロダクションとして話されました。

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本フォーラムのテーマ「No One Left Behind(だれひとり取り残さない)」に沿い、
2015年の世界医師会でのサー・マイケル・マーモット氏の会長就任挨拶や、
同じく2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)で、世界の不平等の解消を
目標に掲げたことで、いかに格差に満ち溢れた世界になったのかと憂いる中村代表。
「小児科医として、世界の子供たちの誰一人取り残さないってのは、かなりの覚悟を
もって取り組まないと、そんなことはできません」と言います。

しかし日本を振り返ると、1948年に母子手帳ができ、58年には未熟児療育医療という
無料で治療できる制度が開始され、しかし60年代に医療機器や薬が整っていた訳ではなく
保温や衛生などの基本。
そんな時代、1967年の新生児死亡率が「9.9」と、世界の2030年までの目標を50年前に、
まだ高度医療がないままで達成したことがとても大事である。
そのファクターは複数ありますが、その1つが母子手帳でした。

中村先生自身も30年前にJICA専門家としてインドネシアに赴任していた際、
3歳まで治療を受けて来なかった脳性麻痺を診断したときに、
母子手帳があれば過去の経緯が分かるのにと、その意義を自ら体験したそうです。

そして、日本の母子手帳が生まれた背景や、乳幼児死亡率の減少との関係、
母子手帳を取り巻く日本の母子保健制度などの説明を経て、
なぜ途上国で評価されているかがインドネシアの元地域保健総局長の
故アズルール・アズワール氏のコメントを借りて、伝えられました。

「母子手帳ってすごいんだよ。この母子手帳をお母さんが自分の手に持つ、
だからいろんなことを読むし、分かるわけです。
母子手帳をお母さんが持つという事は、質問もできるし、
コミュニケーションができるし、ひいては母子手帳はお母さんをエンパワーする、
お母さんに力を与える物なんだ、そうゆう効果があるんだよ」
ということを初めて教えてもらったのがアズワールさんでした。
そのインドネシアは、いま年間に400万冊、世界で一番母子手帳を沢山印刷しています。

母子手帳国際会議についても振り返りました。
1998年に第1回が東京大学で開催された際は5か国の参加でした。
2016年11月に東京で開催された第10回母子手帳国際会議では、
38ヵ国から400名が参加しました。
秋篠宮妃殿下からもお言葉をいただいた開会式、
厚生労働省や日本助産師会から、母子手帳フォーラムでも講師を務める
ポコアポコの小林さんまで、昔から現代まで母子手帳を支えてきた関係者が
発表してくださったシンポジウム1「日本の母子手帳 温故知新」、
母子継続ケアの取りくみとして、ガーナやモンゴル、オランダ、パレスチナなどの
事例が発表されたシンポジウム2「グローバルな母子継続ケアの取り組みと母子手帳」、
JICAやWHO、UNFPA、UNICEF、家族計画協会などの国際機関の方々が
母子手帳のようなツールをどうするか議論したパネルディスカッション
「母子保健を支えるグローバルなツールとしての母子手帳」、
2日目では分科会に分かれ、各国のレポート発表やテーマ別の議論が行われ、
3日目には、母子手帳の科学的成果をカンボジア、インドネシア、ベトナムなどを事例に
報告されました。そして、3日目の最後に東京宣言を採択いたしました。

その中に、 "母子手帳は、障害者、難民、移民、少数民族を含めて、
貧困層や社会の主流から取り残された人々の包摂的な支援を促進するもの"だ、
また、"低出生体重児、障害のある子どもたち、など特殊な状況に置かれた人たちが
抱える喫緊の課題に応えるものである"、そして母子手帳が、
"私たちが現在抱えている多くの複雑な問題を解決するために大きな役割を果たす"、
といったことを盛り込み、各国がそれに基づいて地道な活動をしていこう、
アクションしていこうと誓いました。

そしていくつかの世界の母子手帳も紹介されました。
ベトナムの母子手帳は、あとがきに"すべてのひとは、あなたが生まれてから
とても元気にすごし健やかに成長して、幸せで豊かに発展したベトナムの国を
作ることを願っています"と、保健省から子供たちにへのメッセージが載せられています。
ケニアでは、母子のHIVの陽性陰性を書く欄を、まだ差別や偏見があるなか、
将来はこのHIV陽性の欄にプラスと丸を付けても、差別や偏見を受けることのない
社会を作るために、私たちはこの母子手帳からHIV陽性の記載をカットしなかった、
と言って載せ続けています。
オランダの母子手帳はアナログとデジタルを組み合わせています。
障害やマイノリティに暖かいまなざしを持った情報提供をしています。
ダウン症や低出生体重児の成長曲線をホームページ上にアップしています。
双方向のテーラーメイドの母子保健サービスを提供しています。

そして最後に中村代表は次のように締めくくりました。
「母子手帳国際会議で3日間、世界各国の人とディスカッションして、
もう3日間母子手帳だけについて考え、頭の中は母子手帳だらけになったんです。
その3日間の最後に思ったのは、まだまだこんなに世界の人たちが
母子手帳のことを褒めてくれる、世界で広げたいと言ってくれる。
世界にはまだまだ母子手帳を手にできていない子どもたちがいるんだったら、
世界の子どもが自分の母子手帳を手にするまでは、もうちょっとまた頑張ろうと思いました。」


●報告(1)「アフリカ ケニアの電子母子手帳」 杉下智彦(東京女子医大)
杉下先生は、22年前にマラウイでの青年海外協力隊を離任されて中村先生にお会いされ、
「マラウイの母子保健どうなっているの?」「母子手帳って使える可能性あるのかな」など色々と尋ねられたそうです。
それから約20年経ち、2012年にJICAケニア事務所赴任時代に、第9回母子手帳国際会議で現地側で尽力くださり、
また昨年の第10回母子手帳国際会議でも、さまざまなご協力をしてくださっています。

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「本当になんだかあっという間に世界が母子手帳で一つに繋がっていくのを自分自身体感した」と言い、母子手帳のこれからの可能性と、例えばアフリカのケニアでの驚くべき進展についてお話くださいました。

2012年、初めてのアフリカ開催の第8回母子手帳国際会議(ケニア・ナイロビ)では、
26か国、300名が参加し、ここからアフリカは「母子手帳」、子どもとお母さんを守る社会を作っていこうという話が一段と盛り上がっているようです。
さらに電子化までに進歩しているのは、アフリカでも8割近い人たち、貧しい人を含めて、が携帯電話を使っているから。
なぜそんなに普及しているかと言えば、電子送金をする、ケニアでは「M Pesa(エムペサ)」というシステム、このような便利なサービスが町にいる子どもから村にいるおじいちゃんおばあちゃんやお父さんお母さんまで使えていることなども背景にあるのだとか。
つまり、地上のライフラインを引くような多額の投資は必要なく、電波を使って簡単にコミュニケーション、そして送金さらにその先のことが出来るようになってきていると杉下先生は言います。

先生は、ケニアの母子手帳が全国で9割以上のお母さんが持っていることから、その母子手帳を電子化することによって、バウチャーと呼ばれる生活給付金として、貧しい家庭やHIVの孤児の子どもに食料を配布するなどの仕組みを
現金化して、携帯電話でできるようにしたい、たとえば貧しい家庭にちゃんと産前健診をうけたらお金を送金する、といった生活普及金を電子送金で行うアイデアを持ち、オックスフォード大学と共同で実証研究をされました。

ケニアで問題となっているHIVの母子垂直感染を防ぐには、子どもよりもお母さんの情報が重要で、その予防プログラムを支援している米国政府とケニア政府とが、日本の技術を使って母子手帳の開発を進めたい、
それがケニアの母子手帳開始のはじまりでしたが、それがしっかりと電子化され、カルテ情報として末端から中央までしっかり統合されることによって、これまで無駄がいっぱいあった医療サービス、または保健行政をしっかりとシェイプアップして、より多くのお金を、実際にお母さん方や子供たちに使ってもらおう、という計画です。

試してみると、デジタル技術でチェック機能が強化され、わずか短期間の間に母子保健サービス全体が向上する、ということを実際に経験されたそうです。

そしてまず母子手帳からシステム設計をしっかりやることによって、生まれる前から死ぬまでの様々な社会給付サービスが、ちゃんと受けているか受けていないか、例えばそれが貧困家庭に届いているのか届いていないのか、そんな無駄をなくすために、全出生データを電子登録化しようという話は、ケニアのみではなくアフリカの様々な国で動き始めている。
他にもウェアラブル、睡眠時間や脈拍などいろんな生体データを実際につけていて、そのデータを飛ばして様々な機器とつないで、より良い健康や睡眠や就労などを改善するといった動きも日本以上に流行っているという話で、様々な会社が、200社程ケニアではIT保健のコンソーシアムを作って切磋琢磨をしているのだそうです。

ケニアで母子手帳を使っている人は、より貧しくて、若くて、読み書きもできる育児に関心の高い初めて子供を産むお母さんということも分かってきて、「No One Left Behind」ということで、母子手帳をもっていることで様々な権利を主張できることで、そこにしっかり送金ができるシステムも整い、そのような中から実際に脆弱な家庭、そしてコミュニティーとの連動、さらにはサービスそのものの標準化や改善というものに繋がっていく。そのため、実は母子手帳への期待はどんどん膨らんでいるとのこと。

最後に「ぜひ皆さんのアイデアを、アフリカの人たちと考えていきたい!」と会場に呼びかけておられました。


[終了したイベント]