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2/21「アフリカの医療について考えたこと」報告(3)

2017年2月21日、大阪の国際保健勉強会サークル「ぼちぼちの会」との共同セミナーの
「アフリカの医療について考えたこと」
 (主催:ぼちぼちの会、認定NPO法人HANDS、認定NPO法人ロシナンテス)

報告第3弾(スピーカー3名によるトークセッション)です。

報告(1)スピーカー発表前半部はこちら

報告(2)スピーカー発表後半部はこちら

●パネル・ディスカッション「アフリカで医療について考えたこと」トークセッションパート
(ファシリテーター:中村安秀、パネリスト:川原尚行氏、小西かおる氏)

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※トーク内容は部分的に抜き取り、表現などを編集しています。

中村:
アフリカのことを川原先生と話すことをむちゃくちゃ楽しみにしてて、
小西先生がそこに入って、自分が一番楽しんでます。
会場に質問聞く前に、自分がまず聞いてみたいことがあります。
川原先生は医務官としてスーダンに入り、小西先生は川原先生から誘われて入った。
医療者としてスーダンに初めて入ったとき、日本との健康レベル、医療レベルの差に
驚かれたのではないでしょうか。今の考えの違いなど、まず最初に聞かせてください。

川原:
もともと外科をしていたので、最初は大きな病院との提携で外科手術に入りました。
外科手術は清潔第一のなか、ハエがいた。空調管理がそんなもんです。
手洗いも昔のタイプでやってて、どこまで清潔なのと、最初は衝撃でした。
いろんな医療機器も揃ってないなか、活動していました。
でもあるものしかないということを理解していきました。
衝撃からここでやるしかないから、あるものでやるしかないと。
あと水の問題は大きいですね。泥水しかない。それしか無く飲んでて、下痢する人もいて、
今後そこへのアプローチをしていくのですが、そのままで良いと言う人もいます。
これからの課題です。
行動変容は大事ですが、向こうの人が今のままで良いと思っていることについて、
どうやっていこうかと。ありのままあるまましかできない、それが第一前提です。

小西:
私は逆に衝撃がありませんでした。
大学を卒業して、すぐ病院で働きましたがまもなく退職し、2000年ぐらいから
在宅医療に関わり始めました。足の踏み場もない家、電気代が払えず電気が止められた家、
大阪はかなりディープな家がとても多いです。
むしろスーダンの方が家はきれいにしていて、地面が土というだけで、きれいです。
また家族が助け合ってて美しいとも思いました。日本では家庭崩壊などもあり、
家族が助けあってもっとできることがあると思ったのはむしろスーダンです。
日本は先進国でフィルターかかって見られてしまってるが、もっと闇の世界で
住んでる人たちいっぱいいて、かえってその格差が厳しいだろうな、と思います。

中村:
厳しい状況の中、家族が助け合って生きている文化がある。
日付を知るのに月の満ち欠けで判断する。
そんなところもありながら、スマホを使いこなして、
字の読めない村落助産師がスマホを使いこなしている。
誰が教えたのかと思うが、そんな文化が変わってきている。
川原先生の仕事は素晴らしいが、村の人の文化を変えることにもなります。
変えて良いのか、いずれ変わるなら変えても良いのか、
医療だけでなく相手のいろんなことが変わっていく、そこに対して、どう思うか。
私たちよその国は、人権をかざし、この人たちはかわいそうで私たちが変えてあげなきゃ
と思って入ってきている人たちもいます。
先生方の入り方は違うと思います。変わること、変えることについて、どう思いますか。

川原:
こちらは黒子で、主役は向こうの人たちというのは当然の考えです。
スマホも、こんなことができるんだよと最初に話し合って、
彼らがやりたいならやってもよいのではと思う。
電気が入ったときの衝撃を見ているのですが、夜空が見えていたところ、
電気が通り、テレビを見て、お金持ちの家は洗濯機があり。
そんな様子を見ると、たしかに良かったのか?と思うこともあります。
この先長いスパンで見たとき、後から彼らがどう見るか。

小西:
私はもともと難病が専門、ALSが専門でした。
病気を抱える当事者と共に生きて、彼らが何を選択するかを見てきました。
在宅医療も、選ぶのは本人たち。
選ぶ題材について、メリットとデメリットを並べて一緒に選ぶ、
その人が大事にしてるもの、どう生きたいのかなどを一緒に考え、
選んでもまた一緒に考えて、そう寄り添いながらやっていく。
在宅医療をやっていても、思いは一緒です。
なんでも自己責任というか、選んだことを、これで良かったんだよねと
確かめ合うことをすれば良いのではないか。
どう結論が出ても、良かったよね、と言える関係で進めていければ良いと考えています。

川原:
ひとつ事例があります。
私たちのところで、この状態では対処は無理となって、大きな病院で検査をすることになったご夫婦。
家財道具を売って、なけなしの車を売って、何とかお金の工面をしようとしていたが、
その間に奥さんが結局若くして亡くなってしまった。
一人の若者の家族を救おうとしたが結局ダメだったという経験をしました。
このようなとき、どう選択したら良いのかわからない。常に迷いの連続です。

中村:
結論の出ないなかで、考えながら、そこにいる当事者が中心になって、
長いスパンの中で、やっていく。
私も小児神経科医でしたが、長い付き合いの中で自宅、学校、幼稚園のなかで
生活を追う子供たちを見てきましたが、アフリカの中で生と死を見るなかで、
突き詰めたら日本もアフリカも同じだと思うことも多いです。

それでは、会場からの質問・コメントに移りましょう。

【会場からの質問 1】
現在、大学院で西アフリカのイスラム社会の公衆衛生を研究しています。
セネガルではムスリムの子どもたちが移動を続けることで、個人識別しにくいという問題があります。
スーダンでもイスラム教の方が多いことで、健康に与える宗教的要員があるかが一つ。
またプロジェクトを進めるうえで宗教を尊重すると同時に、乗り越えたような経験があるか。

【会場からの質問 2】
看護学科で助産師専攻です。私もケニアの病院の産科で勉強してきました。
機器が無くトラウベで、心音があるかないかの判断しかできなく、
結局赤ちゃんは子宮内死亡で、亡くなられた赤ちゃんを帝王切開で取るしかない
という現場に立ち会いました。そのとき、現地の助産師が、まるで作業のように、
産まれて死んだばかりの赤ちゃんをタオルでくるんだだけでポンと置いて、
産婦さんに声掛けもせず、私はショックを受けました。
スーダンでは、現地の死の価値観というものがどうであるか教えてください。

川原:
イスラム教ではラマダン時期があって、医学的には考えるところもあるが、
皆さん敬虔な宗教者として、現地の先生方もラマダンは身体によいと信じている。
医療と密接に結びついているので、影響があることはあり、それを研究してもおもしろい。
またスーダンではFGM(女性の性器割礼)がイスラム社会で根強く残っています。
おばあさんが特に必要としている。お母さんが反対しても、おばあさんの力が強く、
ヘルスプロモーションを通じて「こうなりますよ!」と伝えるが、最終的な意思決定者は
コミュニティの人たち。
スーダンは国として禁止していて、イスラム教のトップの方も来て、医学的には意味がないと
言っているが、それでも変化までには時間がかかります。
首都は少なくなってきているので、時間はかかるが地方も変わってくるかもしれない。

死については、外科医なので余命とかあるが、イスラム教なので「そんなのは神が決める」
という考えがある。日本人よりも死を受け入れているように感じる。
もちろん死によって悲しむが、「神が決めたことだから」と淡々と作業して、
「運命を受け入れましょう」とやっているので、私もそれを受け入れてやっています。

小西:
死については、自分自身の父や母が8人、9人兄弟で、そのうち何人かは死んでる。
昔は死が身近だった。いまは家族が小さくなってるから衝撃の違いがあるのかも。
スーダンで「お母さんが村でたくさん死んでるので、あなたのやってることに協力したい」と
言われ、子どもの具合が悪ければ「医療者だから診て診て」と迫られたりもしたが、
しかし死はもっと身近で、でも生についても日本よりもっと身近に感じていると思いました。

【会場からの質問 3】
昨年まで国連機関で途上国で働いていました。
ここ数年グローバルヘルスイニシアチブが雨後の竹の子のように次々出てきて、
首都では、国連などと、これをせよこれをせよと非常にきれいな計画ができる。
現場とのキャップがあるのに、こんなんで良いのかなとジレンマを感じることが多くなってきている。
自分でもそうなのに、現場に近い人たちは、中央政府の考えとのギャップ、
それがあるから途上国のキャパシティ・ディベロップメントをやっているわけですが、
その点はどう思っていますか。
もう一つは日本でよく目にするのが「黒子に徹し、当事者が決める」というやり方。
寄り添いと仰いましたが、それを長いスパンで考えると聞くし、言うけれど、
なかなかそれが他の国のドナー、政策を決める人たちとは共有できない。
3年間でプロジェクト結果を出せと言うが、日本の良いところ、そのようなところは
どう発信していったら良いと思っているか、お聞きしたい。

【会場からの質問 4】
昨年夏に川原先生の元でお世話になりました。僕は現在ザンビアで支援したいと具体的に
計画しています。川原先生のご経験として、全ての村に診療所を建てることもできないが、
差が生まれてしまう、この点についてどう考えて進めていくか教えてください。

川原:
現場と中央政府との違い、よくあります。
アフリカ開発会議(TICAD VI)がナイロビで昨年行われたが、エボラの反省、
西アフリカで発生し混乱を起こしましたが、そのとき現場と中央政府とのギャップが
問題になりました。スーダンでもまさにその通りで、机上でプランをしているが、
現場にいると実はTBA(Traditional Birth Attendant)という伝統的産婆
(正式な助産教育や訓練を受けていない)がかなりいて、でもスーダン政府は
「TBAはいない、すべてVMWになっている」と言うが実際はいる。
いかにTBAとVMW(Village Midwife 村落助産師)とうまくやっていくか考え進めています。
実際にはいないと言われている人たちであるが、無視してはいけない。
コミュニティでは、おばあさんの力が強いから、そこ(TBA)に行けと言う。
そのためTBAとVMWとが協力しあうようにやっています。
エボラの教訓として、平常時にうまくいかないと緊急時もうまくいかない。
そのため平常時にうまくいく保健システムをめざしています。

また、日本の黒子のやり方は日本独特だと思います。
欧米はシステムを作って持っていく。これやりなさいと持っていく。
中村先生が言うように医療は文化で地域地域で違うので、それを念頭において進めていくが、
日本人はそこが長けている。
イスラムは独特の文化だが、日本人は時間をかけてイスラムの文化を理解していけると思う。
医療を介して文化を理解していくんですね。

最後の質問について、どう宣伝していくかはとても難しいです。
地方の政府役人に来てもらい、「3か所つくります、だから話し合って」と投げます。
人口で考えたり、力の有る無しなどもある。
色々あるので、選定は彼らに任せる、ということがありました。

【会場からの質問 5】
医療機器メーカーで海外事業推進の担当しています。
中村先生に質問で、アフリカで母子手帳のプロジェクトをやった際に、
良いものがあっても現地の方に使っていただくものが難しいだろうが、
使ってもらうためにどんなポイントがあるのか教えていただきたいです。

中村:
母子手帳、アフリカの人にどう使ってもらうか、ということでは、
母子手帳は新しいプロジェクトでは無く、日本のものを翻訳するのではなく、
現地で使っているものを活かします。体重表も、予防接種表も。
ボロボロになって吹けば飛ぶような用紙があって、保健所の壁には離乳食に関するポスターがある。
そういった内容を全部入れて母子手帳という形にしてお母さんに渡す。
Exsisting Systemを最大限に生かすと言いますが、今まであったものを使うので、
村の助産師さんも保健師さんも使えます。
推進することもけっして自分たちが良いと言うのではなく、カメルーンの場合も
先頭に立って動くのは長崎大学に研修にきていたカメルーン人の女医さん。
彼女が中心になってやっていくことを僕らが後ろからサポートする、
そんなことをやっています。僕らが直接やってもうまくいかないんです。

今日は素晴らしい贅沢な時間を、川原先生と小西先生との同級生コンビで、
アフリカのこと、スーダンのこと、医療全体のこと、学びました。
ありがとうございました。

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